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さらさら

さらっと、さらさらと。サラリーマンがサッカーとかゴルフとかを語ります。

残念ながら、言葉は内容よりも重み。

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なぜか許される人。

 先日、親会社の支店で人気者の中堅社員が退職するということで、事務所の近くのレストランでお別れ会が開かれました。

 

 退職する彼はとてもいいヤツで、年上で別会社の私にも気兼ねなく声をかけてくれて、帰りに一緒にラーメンを食べに行ったり、休日に彼の部署のゴルフに参加させてもらったりと、何かと交流がありました。どんなときも周りへの気遣いを忘れない、体育会系の見本みたいな気持ちのいい男でした。

 

 そんな彼のお別れ会に参加していたのは、支店のメンバーを中心に20人くらいだったと思います。宴もたけなわな中、参加者がひとりずつ彼へのメッセージを述べる時間になりました。

みんなが彼の人間性を讃え、涙を流すひともチラホラ。愛されキャラだった彼のひととなりがうかがえました。普段は笑いを取りに行く彼も、この時ばかりは神妙な顔で聞き入っていました。

そんな中、最後にメッセージを送ることとなったのが、彼の部署で最高位にある顧問さんでした。 定年間近になる顧問さんは目頭の涙を拭って言いました。

 

「この業界の営業としては、彼は私が見た中で最高の営業マンだったと思います。でも、資質だけでは上手くいかないこともありますね。本当は彼のような男が偉くなって会社を引っ張っていくべきたと思います。外で修業を積んで、また是非ウチに戻って来てほしい」と。

 

 会社のお偉いさんがみんなの眼の前で、辞めて行く社員に「君が最高だった。戻って来てほしい」と発言することは、一歩間違えば他の社員に対する失言です。

  でも、この顧問さんにはそう感じさせない人間味があるんです。悪意や打算がないというか、いい意味で空気なんて読まない。決して聖人君子ではないけれど、間抜けなくらい(失礼)真正直に人と接するので、誰もが嫌いになれないわけです。

 

 言葉というのは本当に不思議なもので、“何を言うかよりも、誰が言うかが重要”だとつくづく思いました。前述の顧問さんの言葉も、彼が言うからわだかまりなく聞き流されますが、人望のない人間から発せられれば、後々まで反感を買うものとなったでしょう。

 

ジダンの言葉は重いか。

 言葉とは、最も重要な情報伝達手段でありながらも、条件によって伝わり方が大きく揺らいでしまう非常に不安定なものです。

同じ言葉でも、“どんな状況で誰が言うか”によって、100の力を持つこともあれば、誰にも届かないこともある。

 

 サッカー史上屈指の選手だったジネディーヌ・ジダンが、レアル・マドリードの監督としてヨーロッパチャンピオンズリーグを制しました。

決勝戦の相手は闘将ディエゴ・シメオネ率いるアトレティコ・マドリード。戦術浸透度や選手交代を見ても、純然たる監督としての実力はシメオネが上だと思います。

しかし、チームをひとつの戦う集団として送り出す人心掌握に関しては、ジダンは決して敵将に引けを取らなかったと思います。

 万策尽きた感のあった延長戦でズタボロになって走り回るクリスティアーノ・ロナウドやベイルの姿、相手の高速カウンターを封じるために、あえてポゼッションを譲る戦術などからは、レアルがしっかりと「チーム」になっていることが感じられました。

 

 クリスティアーノ・ロナウドを筆頭に、プライドの高いスーパースター集団をまとめられる言葉とは、内容が正論かどうかではなく、選手の心に届く重みを持った言葉でしょう。

 

 現役時代のジダンは、世界最高の選手と言われながらも、シャイで無口な性格。とても監督になるようには見えませんでした。平和な解説者生活を送ることもできたのに、選手としての実績が通用しないポジションで、再び戦いの舞台に戻ってきた。

 PK戦にまで及んだ死闘の中、円陣の中心で激しく選手を鼓舞するジダンの姿は、現役時代のイメージとはかけ離れていて、戦うために彼は変わったのだろうという感動すらおぼえました。

 

 「心意気」。古臭い言葉ですが、スーパースター軍団を見事にまとめたジダン監督からは、これが感じられるんじゃないかと勝手に思っています。

プレーヤーとして群を抜いていたから選手がついてくるのではなく、あのシャイで無口だったジダンの戦う背中が、名選手としてのカリスマ性にとどまらない何かを醸し出しているのではないかと。

レアルの監督は、タイトル争いから脱落しそうになっただけで解任されるかもしれないリスクの高いポジションです。彼ほどのレジェンドが、針の筵になる可能性が十分にあった中で、シーズン途中にその一歩を踏み出したという心意気を、選手たちも評価しているのではないでしょうか。

 

だからこそ、ジダンの言葉には内容以上に伝わる重みが備わったのではないかと。

 

 ジダンシメオネ。キャラクターも、率いるチームの環境も異なるふたりですが、「その場所に必要な言葉を持ち得る人間」という意味では、この日の彼らは同じだったのかもしれません。

 「正しい内容」よりも、「伝わる重み」。言葉に重みのない私からすると、とても残念なことですが、それが世の中の組織の実態です。サラリーマンの世界でも、人を引っ張らなければならないリーダーに求められるのは、そういうものなんじゃないかと思います。 

 

 ジダン監督、案外ビッグクラブ向きの監督として大成するのかもしれません。 

 

 【了】